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14    陳述書 (1)脊髄損傷 (2)あるがままの生活 (3)介護 
 
 
 
陳 述 書(1) ― 交通事故による脊髄損傷 ―
 
平成○○年○月○日
○ 地 方 裁 判 所  御中
○○ ○○ 印
(原告本人)
1 事故と苦痛
 
 私は,平成○○年○月○日に,交通事故にあいました。
 その事故で,私の人生は大きく変わってしまいました。当たりまえの様に出来たことも出来なくなり,感じることが出来たことも感じられなくなり,行くことが出来たところへも行けなくなり,将来やるはずだったことも出来なくなりました。また,そのことによって受けた精神的苦痛は,言い表すことが出来ません。
 
2,脊髄損傷の後遺障害と日常生活
 
(1)脊髄損傷
今回の事故によって,私は脊椎に相当強い衝撃を受け,脊椎骨折,脊髄損傷等の傷害を負いました。最初に救急車で運ばれた病院から○○病院に転院して,脊髄損傷の治療を受けました。長期間に渡る入院治療と手術を受けましたが,事故前の状態に戻ることはなく,重大な後遺症が残ることになりました。後遺症の内容については,「診断書」と「意見書」に書いてあるとおりです。脊髄損傷のため,何の感覚も感じることが出来ず,また,動かすことすらできなくなってしまいました。そのため,立つことはもちろんできませんし,座っていることもできません。支持や背もたれがなければ座っていることも出来なくなりました。
 
(2)座るということ。
今,車椅子に座っていますが,健常者の方が座るのとは,かなり違います。座るというのは,一生懸命に姿勢を保つ努力をしている状態で,1時間30分位が限界です。また,度々,腕でお尻を揚げる動作も必要となります。体に負担がかかり,疲れます。一生懸命に努力して車椅子に座り,家の中でも,車椅子でしか移動できません。しかも,トイレ,風呂などは家の増築や新築などがしてありませんので,使用できず,家の中で移動できるところも,ほとんどありません。私が生活できるように父親の敷地に平屋を新築する計画を進めていますが,そこでしか生活できないと思いますので,慎重に検討しています。当然,費用がかかります。
 
(3)排尿と排便
 家の現状のトイレは,私には使用できません。家での排便排尿は,部屋のベットの上でします。 排尿には,尿管を利用しているとどうしてもばい菌がはいります。そこで,尿管を使わずに,おなかを圧迫する方法によると,少なくとも20分位はかかってしまいますし,完全に排尿されるわけではないようです。 排便は,便がたまらないように,摘便といって,お尻に指を入れ便をかきださなくてはなりません。そのためにビニールの手袋と乳幼児のお尻拭きが必要になります。また,時間的にも40分以上かかります。この摘便とその後始末を自分ではできませんので,母にしてもらいます。外では障害者対応の洋式トイレで,広いスペースがなければ不可能です。母に手伝ってもらいます。
 
(4)着替
上衣は準備してもらわないと着れません。下衣は一人で着替えが出来ませんので,母に手伝いをしてもらいます。そのために,着替えをするにも15分位はかかってしまいます。また,好きな服や着たい服があっても,ゆったりとした作りの服でないと着ることは出来ません。
 
(5)食事 洗濯 風呂
食事をとることは可能ですが,食事の用意をしたり,後かたずけをすることはできません。洗濯も同様です。風呂は自分ひとりで入ったり洗うことやふくことはできません。風呂は,家の増築や新築などしていませんので,身体障害者療護施設○○○に入れてもらいに週2回行きます。身体障害者の入浴可能なお風呂が出来ても,介護がないと入れませんし,極めて危険です。今は,母がいますが,母の歳を考えると,将来はとても不安です。
 
(6)就寝
  1日の生活を終え,眠るときも朝まで眠っていればよいというものではなく,床ずれを防止するために,夜中に3回ほど起きて,母に手伝ってもらって体の姿勢を変えなくてはなりません。
 
3 外出と仕事
 
(1)外出と車椅子及び自動車
   後遺症で,車椅子は絶対に必要となりました。耐用年数は4年ということになっています。その都度費用が必要になります。私は,まだ,運転ができませんが,将来運転できるように自動車に手動装置つけで,改造しました。車が代わるたびに改造費用等がかかります。結局,外出は,車椅子で行ける範囲で,両親の介護が常に必要になります。行く先々の設備等の状況によって行けるところは当然限りがあります。トイレの問題や,段差や幅に問題があるところにはいけません。
 
(2)事故前の仕事と外出
   私は,高校を卒業後,会社に就職し仕事をしていました。会社でもらっていた給料は源泉徴収表のとおりです。当然将来はもっともっと昇給するはずになっていました。今回の事故で仕事をすることは不可能になってしまいましたので,休職期間経過後,解雇扱いになりました。
   私は仕事をしたいです。しかし,通勤できません。トイレが不安です。
   精神的負担の大きいのは,排尿排便の問題です。出先では,家に入るときとちがい,いつでも自由にはできません。障害者対応トイレがあっても,一人では移れません。排尿でも20分はかかります。待つことも出来ません。もらしてしまうことがあります。排尿排便の心配をするだけで非常に負担に感じ,体調が悪い時にはトイレのことで頭が1杯になり,外出できません。大便をもらしてしまうこともあります。後始末できません。それは人間として,女性として,非常につらいことです。
 
(3)今後の就職の見込み
   「障害があっても,仕事ができるように,資格や技術を身に付いたら収入が得られる。」という人がいるとしたら,非常に酷であると思います。現実にかなり厳しいことや,むずかしいいことをひきあうにだされて,さらにがんばったら問題もなくなるでしょうと指摘されるとしたら,この事故で私は被害者なのに,まるでいじめられているように感じます。私は仕事をしたい。もっと努力したい。働きたい。しかし,自宅で仕事ができるような資格や技術はもっていません。今後の就職の目途や収入が得られる目途はたっていません。この事故による障害で,さまざまな可能性がほとんど失われたのです。私にとって,できないことは,楽していることではなく,限りない苦痛です。
私の「あるがままの生活」を別に陳述書(2)として,提出します。
 
4 精神的苦痛と不安
 
私は,今回の事故による障害で,事故にあうまでにはできたこと,これからいろいろやろうとおもっていたこと,それらがすっかりできなくなってしまいました。このことにより私が精神的苦痛をを受け,どんなに将来について不安に思っているか,とても言い表すことができません。せめて,出来る限りの十分な損害賠償により,少しでも安心して生活できるようにしていただきたいと思います。
以上
 
 
 
 
陳 述 書(2) ― 私のあるがままの生活 ―
 
平成○○年○月○日
○ 地 方 裁 判 所  御中
○○ ○○  印
(原告本人)
 
第1 一日の生活(時間順)
 
1 午前6時(起床)
 
  朝,起きて,まず熱いお茶を準備してもらって飲みます。
 
2 午前7時前後(体の清浄と排尿排便 床ずれ対策)
 
@ 寝汗をかくので朝起きたらパジャマがべたべたになっています。母が洗面器に湯を汲んでタオルを濡らし,背中を拭きます。前は肩,腕,首,胸,お腹を母がタオルを濡らし,自分で拭きます。ベッドの上に用意した衣服を着衣します。自分で全部着衣できないので母に手伝ってもらっています。
 
A 排尿排便(家のベットの上)
   家に私の使用可能なトイレはありません。家での排尿排便はベットの上でします。電動式ベットの頭のほうをあげて,体が後ろへ倒れるので背中の後ろへクッションをかまして体を後ろへそらせ,お尻の下に座布団とオムツをしいてもらい,尿器を受けて,お腹をたたいたり,お腹を押したり,尿道口をティシュで拭いたりして出します。尿が出てる感覚がわかりませんし,尿がしたい感覚も残尿もわかりません。排尿排便を終えて汚物の処理を母がしてくれます。
 
B 床ずれ対策
   家の増築や新築など,まだしていませんので,毎日はお風呂に入れません。毎朝,下を洗っています。それから,お尻に床ずれがあるので母に毎朝「湧水」をつけてもらいます。「湧水」は父が「良い水」だと聞いて来た清潔な水です。お尻が赤くなっているのも痛いのも分かりません。お尻が真っ赤になっていることがあります。お尻の床ずれで散々悩んだり辛い思いをして長いこと処置してもらい散々苦しみました。床ずれに関しては厳重に注意しています。
 
(床ずれの苦痛)
   事故にあって,入院して背中の手術をした後に,背中が痛くて横向きになかなかなれなくて,あおむけで寝たきりでした。その時,お尻に床ずれができました。すごく大きくて深くて鏡でみたときびっくりして泣きました。自分のお尻じゃないみたいに思えて悲しくて辛くて泣いても泣いても,泣き足らない思いでした。絶対に床ずれを治そうと一生懸命努力して体位交換も2時間おきにしてもらいました。夜中の体位交換が一番辛くて,寝付いたころに起こされて体位交換してもらい,寝付けないまま朝を迎えることが度々ありました。すごく辛い思いを毎日していました。「直ったかな?」と思ったら,また違うところにできて,2回目に出来た床ずれはなかなか治らず,そのときの状態は「奥が深い。直腸まで届きそうだ。」といわれて,散々悩み,泣いて泣いて,なんでこんなに床ずれができるんだろうと思いました。入院中に高熱がでて点滴をしてもらい,熱はさがったものの,原因はお尻の床ずれといわれて,少しの間リハビリはできず,寝ていたときがありました。父母がなんとかこのお尻の床ずれに効く良い薬をと思って初めは知り合いのところで塗り薬を買って,いろいろ試してみました。最近は父に「湧水」を汲んできてもらい,はりつけています。
 
3 午前8時前後(ベットからの移乗 食事と洗面)
 
@ 食事 
  ベットから車椅子に移動して,台所の食卓で朝食を食べます。食事は一人で食べれますので,父,母,私の3人で食べています。牛乳ヨーグルトは便が出やすいように食べています。
 
A 洗面
  食後に歯磨きと顔を洗っています。家の改築または増築や新築などがまだしていないので,洗面所へは廊下が狭いので,いけません。台所の流し台で洗面をします。シンクに車椅子を横につけて,おわんとコップと歯磨きセットを用意してもらい,お椀に捨てます。顔を洗うときは車椅子を横につけて体が横向きなので左手を濡らして左手で洗って右手は車椅子をもって洗っています。両手で同時にすることはできません。入院中は身体障害者専用の洗面台なので車椅子を真直ぐに付けて顔を洗いました。
 
4 午前9時頃(リハビリに行く準備 自動車への移乗)
 
家の増築や新築などがまだしてありませんので,父が買ってくれたスロープを父が運んで用意して車椅子を後ろ向きで父におろしてもらい,車椅子から車へ移してもらいます。その時一人で移れませんので父が私の後ろで私のズボンをもってグッともちあげてもらい移してもらいます。車の座席に座って体が落ちてしまいそうになるので両足を父にあげてもらい私は車の上の持ち手をしっかりもって父と二人で息をあわせて「せーの」で前へ体を向けてもらいます。
父の運転で父,母,私の3人で,病院へリハビリに行きます。
 
5 午前9時半頃(便器への移乗 外出先トイレでの排尿 後始末)
 
@ 便器への移乗
病院へ着きトイレを借りて,排尿排便します。一人で排尿排便ができませんので母が,いっしょにトイレの中に入って手伝ってもらいます。車椅子から便器へうつるときは便器の横の手すりを片手でもってもう片方の手は車椅子の端を持って移りますが,かろうじてぎりぎりなのでたまに落ちそうになって怖い思いをします。移れるトイレと移れないトイレがありますので,移れないトイレの時は母が後ろから私のズボンを持ち上げて移してもらうときがあります。
 
A 外出先トイレでの排尿
私が便器の横の手すりと車椅子の端をもって母がズボン,オムツをおろします。私は便器の横の手すりを持ちながらお腹をたたいたりして尿をだします。排尿の感覚はぜんぜんわかりません。
 
B 後始末
なるべくカテーテルを使わずに自然と排尿する訓練をしていますが,1回につきなかなか量が出ないときがあり,オムツが漏れていることがおおいです。また,オムツが漏れている感覚もわからずにいるので,量が多くもれているときは,ズボンや車椅子に座ってるときの座布団までもれて,一人でズボンをかえたり後始末ができないので母にしてもらいます。オムツやズボンを一人であげれませんので,母に手伝ってもらいます。
 
6 午前12時(リハビリ後の排尿排便)
 
  整形外科でリハビリの治療を受けて,午前11時30分ころに急いでトイレを借りて,同様に排尿排便を母に手伝ってもらいしています。便のほうは自然とは出ないし,したいのもわからず,一人で出すことも出来ず,母にオリーブ油をつけてかき出してもらいます。私は少し力むように意識してがんばります。体調によっては,極端に硬くて時間がかかります。夏はトイレの中が暑くて,二人共,汗をかいて苦労します。
 
7 午後12時半頃〜午後6時(昼食と洗面 ベット 排尿)
 
  急いで父の運転で自宅へ帰って,母の手料理の昼食を3人で食べます。食卓につき車椅子で昼食を食べます。 昼食を食べ終わってから,朝と同様に台所の流し台で車椅子をつけて歯をみがきます。朝と同様にお椀に捨てます。車椅子に座っている状態の継続は,1時間30分程度が限界です。
  午後からは車椅子からベッドへ移ってベッドの上で横向きになっています。
  午後の排尿は,午後3時と6時に,ベットの上でします。午前7時と同じ方法です。電動式ベットで頭のほうをあげると,体が後ろへ倒れるので背中の後ろへクッションをかまし,体を後ろへそらせて,お尻の下に座布団とオムツをしいてもらい尿器を受けて,お腹をたたいたりお腹を押したり,尿道口をティッシュで拭いたりしてだす方法です。尿がでてる感覚はわかりませんし,残尿もわかりません。排尿を終えて,汚物の処理を母がしてくれます。
 
8 午後6時(着替 床ずれ対策)
 
トイレの後にパジャマに着替えます。一人で全部できませんので母に手伝ってもらっています。着替後にお尻の「床ずれ」を「湧水」をつけてきれいにしてもらいます。
 
9 午後7時前後(夕食 洗面)
 
  ベッドから車椅子に移乗して,台所の食卓で夕食を食べます。父,母,私の3人で食べます。和食が多いです。魚,野菜,味噌汁はとるようにしています。
  夕食を食べおわった後,台所の流し台で歯をみがきます。朝や昼と同様に車椅子を横につけてお椀に捨てます。
  夕食後は歯磨きのあとに顔を洗います。両手で同時にすることはできませんので時間がかかります。母の食器の洗い物を待ってもらいます。
 
10 午後8時(ベットへ移乗)
 
車椅子からベッドへ移乗して,横になりテレビを観たり本を読んだり日記を書いたりします。
 
11 午後10時(道尿)
 
ベッドの上で,尿道の準備を母にしてもらって,道尿します。電動ベッドの頭の方をあげて背中の後ろにクッションをかまして,お尻の下に座布団とオムツを敷いてもらい,尿器を近くに置いて尿道口が見やすいように尿道口の前に鏡を置いて,「清浄綿」を直ぐ拭けるように右足の太ももの上に並べて,自分の手を「ヒビスコール」で消毒して,左手で尿道口を開けて,右手は清浄綿で尿道口を拭いてから,右手で「カテ‐テル」をいれます。カテーテルが入っていくのも,痛いのも,入った感じもわかりませんので,うまく入らないときがあります。導尿した後の汚物の処理は母にしてもらいます。「清浄綿」は薬局で買っています。入院中は「カット綿」とカット綿に含ませる「消毒液」を病院の看護婦さんに頼んでいましたが,退院してからは「清浄綿」を使っています。「ヒビスコール」と「カテーテル」は入院中に病院の看護婦さんに頼んで買っていたのと同じものを退院してからも同じように使っています。
   道尿に約20分以上かかり,後始末など汚物の処理は母にしてもらいます。
 
12 午後11時(就寝準備 就寝と体位交換)
 
@ 就寝準備
   導尿をした後横向きに母に寝かせてもらいます。寝る前には「床ずれ対策」が必要です。後ろに倒れないようにクッションを背中とお尻に当ててもらいます。右ひざと左ひざの間には,うすてのクッションを当ててもらいます。右足のかかとと左足のかかとの間にもうすてのクッションを当ててもらいます。それから,掛け布団をかけてもらいます。水分補充が必要ですから,ベッド柵のところに,父にひもでとりつけてもらったカップホルダーのところに「ふたつきの量が書いてあるストローつきのコップ」に母に水を汲んで用意してもいます。
 
A 就寝と体位交換
   だいたい10時半から11時に就寝します。夜中の体位交換は1時と4時にします。寝付いた頃に起きて母と二人で頑張っています。一人では体位交換ができませんので,母に手伝ってもらっています。夜,ぐっすりは寝れないまま朝を迎えます。
 
 
第2 生活状況(作業と体調) 
 
1 移動と車
 
   午前中に父の運転で,父と母と病院にリハビリに行きます。同じように,身体障害者療護施設○○○のお風呂に行く日もあります。行く時も,帰った時も,家にスロープはついていないので,スロープを運んでもらって車椅子で家から出入りします。車を移動手段に使いますのでガソリンもかなり使います。父の運転もたいへんです。父がいないとリハビリとかお風呂に行けません。父に感謝しています。母がいないとトイレにも行けません。母に感謝しています。
 
2 お風呂
 
   家の増築や新築などがしてありませんので,家ではお風呂に入れないので,週に2回,火曜日と金曜日は父の運転で,父と母と身体障害者療護施設○○○へ行きます。○○○のお風呂で職員(2人)さんにお風呂に入れてもらいます。お風呂専用の車椅子へ移してもらい,体を洗ったり,洗髪してもらったり,洗顔してもらったり,シャワーをかけてもらったりしています。
   体感機能がないので浴槽の中に入れてもらっても湯加減がわかりません。お風呂の中の温度計をみて,だいたい10分前後と決めています。ちょっと熱めのお湯だと出た後に両足が赤くなっていることがあります。手で湯加減を確かめて「今日はちょっと熱め」「今日はぬるい」とか確認をしてから,何分くらいにしようと決めています。やけどしたら大変なので,いつも麻痺してるところを気をつけています。また,万が一すべって落ちるとたいへんなので,○○○のお風呂に入れてもらっているときもベルトをしてもらっています。お風呂で怪我をしないように注意してもらっていますが,それでも,危険な場合もあります。お風呂に入れてもらう前と入れてもらった後の着替えは,職員の人がしてくれます。ひとりではできません。苦労しています。それから,○○○の食堂で,車椅子で昼食をします。
 
3 排尿排便,トイレ
 
 @ 身体障害者療護施設○○○でのトイレは,お風呂に入れてもらう前,入れてもらった後,食事の後の3回,トイレを借りて母と二人でトイレの中へ一緒に入って,排尿排便をします。療護施設○○○のトイレは一人では移れません。母に後ろからズボンを持ち上げて移してもらいます。母と二人で苦労しています。立って歩いてトイレが分かったら,こんな苦労はないのにと思うと辛くてくやしくて,いやになるときがあります。
 
 A 午後10時頃の道尿については前に述べたとおりです。1日1回は導尿します。また,遠出をしたときは,車椅子対応トイレの場所がわからないので道尿します。導尿より,自然と出した方が良いと思いますが,漏れていることすら分かりませんので,辛いです。感覚さえわかれば,行動も楽に変わるのにと思います。
 
 B 排便の感覚も全然わかりませんので,毎日だいたい決めた時間にしています。トイレで出したほうが,後始末も流すだけでよいので,病院のリハビリの前後や療護施設○○○でのお風呂の前後には,トイレを借ります。
 
 C 家には私の使えるトイレがないので,トイレで排尿排便が出来ません。家では,ベットのある部屋で,ベットの上に新聞紙を敷いてします。トイレに捨てに行く後始末も大変です。
 
4 水分について
 
   排尿排便と体調を保つために,水分が必要です。○○病院に入院中に水分の指導をされて,継続しています。1日約2000ミリリットルは最低,飲むようにしています。朝食時に600ミリリットル,昼食時に400ミリリットル,夕食時に400ミリリットルと,朝起きて100ミリ,食間の午前に190の缶の茶,午後食後3時ころにポカリを340ミリリットル,夜寝る前にお水を100ミリ飲みます。
 
5 衣服につぃて
 
   ほとんどの衣服は綿100パーセントです。上着は着やすいように少し大きめのサイズで綿100のTシャツがほとんどです。ズボンはジャージがほとんどです。ジャージだとリハビリのとき動きやすいので一年中それです。ジャージは脱いだりはいたりするのに母がやりやすいといいますので,私も着衣の練習をするのにジャージを選んでいます。なるべく大き目のジャージにしています。着たい服があっても,私には着れません。
 
6 食事について
 
   車椅子で,食卓のテーブルで食事をします。お腹が一杯になったのは分かりません。分からないので,お腹をみたらパンパンになってしまうことがあります。便がしたいとかも分かりませんし,苦しいのも分からないまま,食べたり飲んだりしてしまいます。満腹感も分かりません。
 
7 寝ることにつぃて
 
   電動ベットで寝ています。ほとんど横向きになっています。床ずれができていても痛い感覚がわかりませんので,仰向けだとながい時間は寝ておれません。寝返りが出来ませんので,背中やおしりにクッションを当て,ひざとひざとの間にも薄いクッションを当てています。3時間ごとに体位交換をしてもらいます。
 
8 室内・温度について
 
   家の改築または増築や新築などが,まだしていませんので,定温になかなか出来ません。自分の部屋に「エアコン」がついてません。冬期にファンヒーター」で火傷をして痕がのこりましたが,その時は気付きませんでした。
 
以上
 
 
 
 
陳 述 書(3)― 介 護 ―
 
平成○○年○月○日
○ 地 方 裁 判 所  御中
○○ ○○ 印
(原告の母)
 
1 私は原告の母です。
本人が一日の生活について,「あるがままの生活」の陳述書を書きました。その生活について,私は夫と協力して介護をしています。一番,大変なのはベットの上での排尿排便と後始末です。その他の苦労も沢山あります。問題を挙げればきりが無いのですが,いくつかを申し上げます。
 
2 排尿排便
  時々,大便,小便を漏らします。
  衣類の洗濯量がこの子の分だけで山積みになります。特に大便の後始末は,それはたいへんなことで私もどこから手をつけたらいいのか分からないときが度々あります。また,本人は後始末が出来ませんので,私にしかわからない苦労もあると思います。
 
3 風呂
   そのように,もらすことがあると風呂に入らせたいのです。しかし,新築するまで入れる風呂はないので,部屋にお湯を汲んで持っていって,ベットで体を拭きます。家を新築して障害者が入れるお風呂になっても,本人一人でお風呂には入れません。新築後,私の力だけで入浴介護ができるかさえ不安です。
 
4 寝る時は,クッションを足のくるぶしなど,床ずれのできやすいところに当てます。排尿排便対策としては,タオルやラバーシーツをしいています。床ずれ対策としては,3時間おきに体位を変えます。私も本人も,ゆっくりとは,寝れません。
 
5 リハビリなどと夫の退職
私は運転できませんし,入浴やリハビリに行くには車が必要です。そこで,夫が退職して介護を手伝うことになりました。本来,夫は将来5年間は勤務でき,月31万5240円の他,賞与等が支給されるところでしたが,娘のため,家族のために退職しました。現在,生活費は年金から捻出しています。
 
6 家事は,身体障害者療護施設○○○で風呂に入れてもらった後やリハビリの帰りに,買い物をして,料理,掃除,洗濯など家の中のことを私が何もかもやります。
 
7 この事故によって,私達家族の人生が大きく変わってしまいました。あの事故の後,毎日,日々一生懸命,必死になって,どんな思いで介護してきたか,本人はどんな思いで介護されてきたか。将来のことも心配です。今,私たちがいなくなったら,本人は一人では生活していけません。生きてもいけません。
 
8 できることなら,娘の足を元に戻してもらいたい。しかし,それが叶わないのなら,私たち両親がなくなった後にも,本人の生活が心配せずに成り立つように,十分な補償をしていただきますようお願いします。
以上
 
 
UP:2010/11/21
 

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